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India Place (h4) 村の生活<3>

India Place (h4) 村の生活<3>

ホスペットからバーダミへ行く途中もうひとつ村を見学。
前の村とはまったく雰囲気が違う。
今回の村の家々は白く四角い。
村に寄るちょっと前に石灰をつくる窯が並んでいる場所を見た。
その村は家屋にその石灰が家に塗られていたのだ。

●村に入る前、石灰を焼く窯の並ぶ村。

左)この窯で石灰を作っている。この石灰をビンロウに混ぜてこの辺の若者は噛んでいるので、口の中が赤い人を見かけた。右)道端で作業をするおばさん。南インドでは多くの女性が肉体労働に従事していた。

●小さな村に入る

左)村に入ってすぐのお宅。右)各家々の壁にこんな道徳のイラストが。。。この男性はこのお家の若い主人。


左)家の玄関に魔除けのための蹄鉄が埋められていた。欧州や日本の一部でもある風習らしい。
右)真っ暗な土間で、地面に直接火を起こしカマドとなっていて、昼食用のチャパティを焼いていた。土間には家畜のフンが利用されている。


左)この集落の中では比較的良いお宅。ここでも門には魔除けの飾りを見ることができる。右)牛車が走る。


左)村中央部にあるヒンドゥー教寺院の門に飾られたガネーシャ。右)シヴァ寺院全景。


左)世界中、赤ちゃんはカワイイ。ビンディをしている。右)ミラーワークの民族衣装を着るパンジャラ族(↓説明あり)のおばあちゃん。


左)集落にすむオバちゃんと子供たち。赤いビンディは主婦だが、右側の黒いビンディをする女性は未亡人らしい。右)「写真を撮って」と家々から人が集まってきた。インドの人々は写真好きだ。


左)村の路上で洗濯をする女性。洗濯中の写真を撮りたかったのだが、カメラを向けるとジッとして固いポーズに。右)こちらも石の上で洗濯中。利用できる水はカメの中のものだけ。


左、右)窯のある村やこの集落で、多くの男性や男の子がオシャレに白いネールハット(↓説明あり)をかぶっていた。
この白い帽子をかぶると、みな、形は違うがほぼ全身白い衣装になるようだ。年配のオジサンもカッコよく着こなしていた。


左)この村のレストランの前に止る車がカワイイ。右)レストラン(駄菓子屋さん風)でガイドさんが買ったポップライス。辛いカレー風味で美味しかった。容器が11/50の点数のついたノートっていうのもイイかも。

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○パンジャラ族 (Banjara Tribe)=スガーリ(Sugali)
南インドのアーンドラ・プラッディ(Andhra Pradesh)州とカルナータカ(Karnataka)州をはじめ、中部インドのマディヤ・プラデーシュ(Madhya Pradesh)州その他にも広く広がる移動性の強い集団で、インドのジプシーともジプシーの祖先かとも言われているが、必ずしも占いや芸能に従事していない。
2300年以上前にアフガニスタンからインドの東部、ラジャスタン州などの砂漠地帯に移動し、定住したようだ。

インド政府の指定トライブでは南インドに顕著に分布しているが、今はインド全域に広く分布しているようだ。
インドーヨーロッパ語族に属するバンジャーラ語を母語としている。
かつての故地はラジャスタン(Rajasthan)州のマールワール地方であったかといわれ、その目鼻立ちの整った容貌も、南インド近隣のドラヴィラ(Dravidian)系諸民族とは異なっている。(参考:弘文堂 世界民族事典 一部抜粋・加筆)

以前旅行した、パキスタンに隣接するグジャラート州の砂漠地帯のバンニエリアに定住しているラバリ族メグワル族などと同系統の手刺繍に鏡を埋め込むミラーワークの衣装やシルバーや真鍮などのアクセサリー、バングルなどをたくさん身に着けている。

○ネール・ハット
この白い帽子はインド独立後の初代首相、ジャワハルラール・ネール(Jawaharlal Nehru)氏が愛したので、この名前がついている。
インド全域で着用されているようだが、今までの地域ではあまり見ることは無かった気がする。ターバンやイスラム教系の人が身に着けている帽子とは明らかに違う。
上部が平らで先端がとがっている舟形で、コットンなどの白い布でできている。


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